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 歌集『青白き光』は、短歌新聞社から平成16年に刊行され、平成23年12月にいりの舎から文庫版として復刊された。白を基調にした清楚なシンプルなカヴァーで、しかも知的さに満ちた造本である。
 著者の佐藤祐禎氏は、福島県双葉郡に生まれ、農業に従事する傍ら、短歌を詠んでおられ、本書は佐藤氏の第一歌集である。ひもとけば、反原発をモチーフに多くの秀歌を残されている。のみならず、家族を詠んだ歌も見逃せない。
  この部屋に命終らせたしと言ふ痩せ衰へし母を見て父は
  婚約のダイヤ嵌めたる娘のゆびを見てゐし眼が急にかすみぬ
  辞めてなほ折々は生徒に言ふごとくわれに対する妻を咎めず
 反原発、農業政策を詠むその底流には、社会批判がなされ、その一方で家族を思う歌には、いつも優しい眼差しが注がれている。
 東日本大震災からまもなく一年が経とうとしている。昨年3月に起きた原発事故以前から、
  農などは継がずともよし原発事故続くこの町去れと子に言ふ
佐藤氏は警鐘を鳴らし続けていた。いつ起こるか解らぬ大惨事。代々継いできた農地を見捨てて、故郷を去れ、と我が子に訴える気持ちの裏には、大なり小なり、頻繁に原発事故が起きている事実を見据えているからに他ならぬ。東電は、事故が起きる度ごとに、仮縫いの対処をしたにすぎぬ。昨年縫い目が綻び、一気に張り裂けたのである。
  線量計持たず管理区に入りしと言ふ友は病名なきままに逝く
  質問の答へは核心に触れぬまま原発健全性の説明会閉づ
 目に見えぬ放射能との闘い、不安に怯える住民の肉声、東電に対する憤りが三十一文字に凝縮されている。先頃のニュースで、東電社長の電気料金値上げ申請の記者会見を報じていたが、全く説得力のない内容である。『青白き光』を読んでみたまえ。原発を推進した政治家たちよ。
 たしかに原発を誘致することによって、雇用が生まれ、地元に多額のお金がばら撒かれ、いっけん豊かな町と化した。経済的な恩恵を住民の命と引き換えに。おそらくそこに住まっておられる人は、誰でも知っていたに違いないだろう。口に出すことに憚っていたからであるが、佐藤氏はあえて歌に詠んだ。歌には事実を詠むだけでなく、未来をも予言する力が秘められていることを、再認識させられた。まず言葉があり事象がついてくるのだ。
 マスコミすら報道しなかったそれを、本書を一読すれば、原発の恐ろしさが明らかにされ、背筋が寒くなり、憤りを覚えずにはいられない。東日本大震災直後に起きた原発事故。それを「想定外」と言うが、住民らにとっては「想定内」なのだ。必然的に起きた事故である。寡黙に生きるしたたかな住民の気持ちを、電気を浪費している都会に住む人が知る由もない。皮肉にも福島原発で発電される電力は、都会人のためにあるのだ。
  断層帯に火発原発犇き合ひチェルノブイリのよそごとならず
 そしていつかチェルノブイリ事故の二のまえにならぬか、と佐藤氏の叫び声は、杞憂ではなかった。原発事故は起こるべきして起きた、人災であることが改めて実感した。
  わが町は稲あり魚あり果樹多し雪はふらねどああ原発がある
 今日は二十四節気の雨水である。雪が雨に変わる頃。今年の冬は厳しい寒さと積雪に、日本列島は今も震えている。原発のある福島も雪に閉ざされていることだろう。今日も原発にも雪が降り続いていることだろう。今年の春は遠い。やがて福島にも春はやってくるだろう。そしてなにもなかったように梅が咲き、桜が咲くだろう。故郷を追われて異郷に避難を余儀なくされた人々の心に春が訪れるのは、数十年もの先のことであろう。その日が来るまで私たちは見届けよう。春の麗らかな陽光が降り注がれた福島のとある町に。いまも福島は雪が降り積もっているが、やがて雪が融けるだろう。地元の人々の心にも。

 原発事故を契機に『青白き光』を復刊した、いりの舎の玉城入野さんの反原発への思いのつよさが、伝わってくる。玉城さんは福島復興支援をなさっておられると訊く。小生と玉城さんとは、面識はないが、玉城さんが出版起業をし、昨年末に『青白き光』を刊行し、この春に「うた新聞」創刊を進めていることにシンパシーを覚えずにはいられない。『青白き光』を是々非々とも読んで戴きたいと希ばかりである。 (雨水の夕刻 拝)
『青白き光』税込700円+送料
注文先
〒155-0032
東京都世田谷区代沢5-32-5シェルボ下北沢403
℡03-6413-8426 Fax03-6413-8526

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 2月2日の東京新聞(夕刊)に載せられた「頑張る「一人出版社」」という記事は、あたかも早春のこそばゆいばかりの陽光のようである。小生は、目を細めながら、心温かな思いを感じつつ、それを何度も読んだ。
 菊谷倫彦さんが「菊谷文庫」を、山本和之さんが「パブリック・ブレイン」を、玉城入野さんが「いりの舎」を立ち上げた。出版不況のなか青雲の志を抱いて、30代、40代の若者が出版起業をしたことは、同業者としてとても勇気づけられた。と、ともに斜陽産業と言われて久しい出版界に、彼らは、きっと新風を巻き起こすことを確信した。
 「いりの舎」の玉城さんは、短歌新聞社で編集者として活躍され、昨年起業して刊行第一弾として、佐藤佑禎さんの歌集『青白き光』を文庫版で復刊した。それは反原発を詠んだ歌集で、じつにタイムリーである。小生はさっそく注文したが、手元に届くのが待ち遠しい。近いうちに読後感をこのブログで紹介しよう。
 玉城さんから「短歌総合紙・月刊「うた新聞」創刊のお知らせ」が、メール添付されていた。その内容を一部抜粋する。

 さて、この度、いりの舎では、新しい短歌総合紙・月刊「うた新聞」(編集発行人・玉城入野)を創刊いたします。現在、今年4月に第1号を発行すべく準備作業を進めております。
 短歌新聞社では、8年余にわたり「短歌新聞」「短歌現代」の編集に携わってまいりました。今後は、これまでのささやかな経験を、「うた新聞」の編集発行に活かしていきたいと存じます。どうか、従前同様のご指導ご鞭撻のほどをよろしくお願い申し上げます。
「うた新聞」は、短歌の伝統を大切に継承しながら、広い視野で現在の新たな動向にも注目し、歌歴を重ねた作者から初学の方までを含めた短歌愛好家の皆様にご満足いただける紙面作りを心がけてまいります。
 内容としましては、作品欄、実作入門、評論連載、地方の先進歌人紹介、新刊書評、歌壇ニュース、読者歌壇、各地リポート等、現代短歌の〈いま〉をお伝えしていきます。創刊は4月10日頃を予定しております。
また、「うた新聞」では、歌壇の動向を全国にお伝えするべく、出版された歌集・歌書や、結社の活動、短歌関係の行事などを報道してまいりますので、随時、情報の提供をお待ちしております(編集の都合により、掲載できない場合もございますので、予めご了承ください)。
 つきましては、「うた新聞」をぜひご購読いただきたく、ご本人様はもとより、ご友人・知人の方々も、ご購読をおすすめくださいますよう、何卒よろしくお願いいたします。
なお、ご購読のお申し込みは、お名前(結社名)、ご住所(郵便番号)、お電話番号、自選一首(新旧不問/掲載料・原稿料は生じません。記入自由)を、このアドレスにご返信ください。創刊号を発行次第、振替用紙を同封してお送りいたします。合わせて、ご友人・知人の方でご購読いただける方のご送付先も上と同じくお書きください。必要な方には、申込用紙を郵送、ファックスにてお送りいたしますので、遠慮なくお申し付けください。
謹白                         
平成24年1月吉日

短歌総合紙・月刊「うた新聞」(8頁) 
いりの舎(代表・玉城入野)
月刊(年12回発行)毎月10日発行 
〒155-0032 東京都世田谷区代沢 5-32-5シェルボ下北沢403
電話(03)6413-8426
FAX(03)6413-8526
年間購読料 4800円(税送料込み)        
発行部数  5000部(予定)           
                             
E-mail info@irinosha.com

 小生のブログを読んで戴いている読書子のなかで、短歌に興味を持っておられる方がおられれば、是非とも「うた新聞」の購読者になって戴くよう奨めてもらいたい。そして多くの方に宣伝してほしい。若き編集者を支援しつつ、あたたかいまなざしで見守っていこうではないか。出版界を活性化していけば、もっと文学が元気になるだろう。お互い文学というジャンルである。文芸と学術との差異はあるものの、小生も老体に鞭を打って、本づくりに励みたいと思っているので、獺祭堂もよろしくお願いしたい。             (いりの舎宣伝部)
    

 いつぞや黛まどかさんと藤原正彦さんの対談を読んだことがあり、立春になりなぜか、それを読みたくなった。 対談集をひもとく。
 藤原さんによると、数学にノーベル賞があったならば、日本は5つぐらい受賞してもおかしくないとのことである。とりわけ、岡潔さんは、ひとりでそれを3つぐらい受賞するほどの、天才らしい。
 彼はフランスから帰国してから、一年間、蕉門の俳論と道元の『正法眼蔵』の二つを研究し、それから御自身の分野の数学を研究した。やがて、多返数函数論という分野の、世界の三大難問を解いてしまったそうである。
 岡さんによると、日本の数学が群を抜いているのは、日本に俳句や短歌があるから、と言っていたそうである。俳句は五七五から宇宙を想像してしまう、想像力を、日本字は子供のころから訓練されているから、数学でも現象から壮大な理論を想像できるとのこと。数学的発見には、インスピレーション型と情緒型があり、日本人は後者に優れているという。どれも興味深い話。
 では数学とはどういう学問なのか。
 藤原さんによれば、テーブルを数学に置き換えると、グラスやフォークやナイフをどこに置けば美しいかを考え、それを数式や計算やあらゆる理論を使って証明する。無限の想像力を働かせて「創る」のが数学。小生が思っていた数学とは、かなりかけ離れた学問ということになる。しかも数学に情緒が大切だとはまったく意外であった。
 たしかに芭蕉の「古池や蛙とびこむ水の音」の下五の「水の音」のみで、宇宙をも想像できるのは、おそらく日本人だけであろう。日本の新聞の紙面には、俳句欄や短歌欄が、明治から滔々と続いている。その背後には、多くの愛好者がいるわけで、世界に誇るべき文芸大国といえまいか。俳諧(連句)には卓越した想像力が必要であることは、いうまでもないこと。前句を鑑賞し、新たな世界に展開させる。
 今も連句を作っている人たちが大勢いると訊く。そういえば身近なところでは、「連句パワー」の浅沼璞さんや「猫蓑会」の鈴木さんや平林さんたちの想像力は、もしかしたら数学者をしのぐ(?)思考回路をもっているのだろうか。季語を中心にどの言葉を組み合わせれば、美しい世界が生まれるか、言葉遊びを通じて、知らず識らずのうちに、知的活動が行われている。つまるところ、無意識のうちで美を創造しているのである。
 「たとえば、「雪」と「手」を組み合わせることで、「白い手」がイメージされ、さらに「女性の手」へと広がっていくように。ここまで想像が働くのは、やはり日本人だけであろう。日本人の想像力を再評価してもよい。今忘れかけていものを。小生は、残りの半生を現代人が忘れかけていることを、本づくりという形で支援することが出来れば、と。

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