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 「春一番」というと、キャンディーズの曲を思い出す人もいるだろう。
 今年は20日が春分の日であった。関東地方は十二年ぶりに春一番が吹かなかったという。それが新聞の記事になってしまう。何と穏やかな国民だろうか。
 春一番は、立春から春分の間に南寄りの強い風を指す。春一番と対峙するのが凩になるであろう。
 何年か前に、イギリスに住む友達と会い、季語の話になった。日本では「雨」に関するボキャブラリーが数十あることを言ったら驚いていた。イギリスでは、雨は「rain」しかないということらしい。もしかしたら、広いイングランド中を探せば、他に呼び名があるのかもしれないが。彼らにとって日本は特異に見えるのだろうか。
 春に吹く風に「春一番」「薫風」だなんて、誰が命名したのか。と思いたくなるけれど、やはり春一番が吹かないと、どことなくもの足りない。季節の訪れは、まず風が運んでくれるからだろうか。
 今朝、老舗の出版社のA社から、近日中に廃業するとの連絡があった。そこのA社は、古くから文庫本を刊行していた。
 文庫や新書は、まず雑誌等に連載され、それが一冊分のボリュームになると、単行本となり、さらに数年後に文庫や新書になっていく。
 つまり雑誌では原稿料を、単行本になると印税を、さらに文庫本でも印税が、著者に発生していた。一粒で二度おいしいのはグリコだが、こちらは三度おいしい。 だがしかし……。
 このような過程を普遍化させたのは、江戸時代の初期の書肆である。最初は大本で刊行し、のちに普及版として(横本)刊行された。今の出版社は、こうした伝統を踏襲している事になる。これが王道なのである。 だが、最近はいきなり書き下ろしの文庫が増えてきている(これを邪道とは言わないが)。低価格化が狙いである。しかも売り切ると重版はしない。大手の版元は、それを電子化にする。出版形態が変わりつつある。
 廃業を決めたA社は、三十年まえから、いきなり書き下ろしを文庫本として刊行し、廉価で提供してくれた。ゆえにA社は若者の支持を得ていた。良心的な出版社が相次いで廃業していく。今年は相模之国には春風は吹かなかった。
 嗚呼、A社は風になってしまうのか。
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 春めいてきた。 
 今年はなかなか暖かくならず、このまま秋の彼岸まで寒い日が続くかと思うほどであったが、今日(14日)はやっと日差しが強くなってきたように感じられる。
 午前中、江戸時代の本の校訂をしていたら、鶯の初音を聞いた。小生は柿生緑地のなかで蟄居しているので、自然に恵まれている環境下にある。机に向かっていると、窓まで延びた小枝に、メジロが羽を休め、部屋の中を覗きながら、硝子を突いている。版本を見比べていると目が疲れる。こうして窓の外を見ていると不思議と気分が和らぐ。
 3月に入ってから、在宅で仕事をすることにした。
 昨年の3.11の時は虎ノ門の某所で校正をしていたら、震災に遭遇した。交通が麻痺し、その日はそこで一夜を明かした。小学生低学年の愚息は、学童で取り残された。その経験からリスク回避しなくてはと決断し、在宅で仕事をすることにした。価値観を変えて生きることに、なんら抵抗はない。以前に比べて、仕事は微々たるものとなってしまったことは、仕方ない。今後もそうなるだろう。だが、こうして春の兆しを感じつつ、机に向かうのもよかろう。しばらく人生の中休みをする。いまは秋に向けての共同研究の予備調査をしているところ。
  今月の東京新聞に「原発問題に向き合い続ける若者表現者」と題して、写真入りで、瀬戸山美咲さんと共に、歌人の三原由起子さんが載っていた。 2月22日から26日まで、COS下北沢で「せたがや地域共生ネットワーク 福島に寄せる短歌と写真展」が行われていて、興味に任せて覗いてみた。玉城入野さんから三原さんを紹介して戴いたのである。三原さんは福島県浪江町出身で、原発事故後に詠まれた「ふるさとは赤」(30首)が第54回短歌研究新人賞の最終選考を通過された、実力のある歌人である。いま思えば、1枚、といわず10枚ぐらいサインをしてもらって、ついでにツーショットで写真も撮ってもらえっておけば良かった、と内心思っている。 下心はないが。とえいば嘘になるだろうか。
 三原さんはそこで生まれ、住民は原発政策に反対することはタブーであったそうである。今回事故が起こり彼らの生活の基盤が根底から奪われた。 そこで生れ育った人しか知らないこと、さらに住民の思いの深さが、展示されている短歌から伝わって来た。大きくとりあげられた記事の一節に「豊かな自然はそのまま残っているのに、帰れない。こんな中途半端な形で故郷を失うとは考えてもしませんでした。」とある
 一年過ぎたいま、国民はこの悲惨な状況を忘れて、復興に動いてる。だが、あの日のこと、原発事故は忘れてはならない。未来に語り継いでゆくことは、生かされている私たちの使命なのであろう。
  
iPda片手に震度を探る人の肩越しに見るふるさとは赤 
 
 
最近、友人にメールを入れる時は「主夫見習い」の「見習い」が解かれ「ようやく主夫めいてきました。」といった書き出しから始まる。主婦は俗説によると、3食昼寝つき、しかも買い物はネット・ショッピングというのが流行りと聞くが、小生の場合は、「主夫は貧乏大いに暇あり」の日々である。忙しかった時は「偏屈日記」になりつつあったが、これからは「退屈日記」に戻りそうである。

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