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 今日は秋分の日。東京新聞によると、9月22日が秋分の日になるのは、116年ぶりとのことである。
 春分の日・秋分の日は、昼と夜の長さが等しい。太陽が、真東から昇り、真西に沈む。
 俗説であるが、春の彼岸では牡丹の花にちなんでぼた餅を、秋の彼岸では萩の花にちなんでおはぎを、戴くと言われている。俗説であるがネーミングはよろしい。
 信州松本では、それを「はんごろし」と言うらしい。ところによれば「しめごろし」ともいうらしい。リンチ事件か、美女殺人事件(別に美女ではなくともよいが)のような名前だが。それらは、おはぎの異名である。松本の「はんごろし」は、もち米を滑らかになるまでつぶさずに、半分程度つぶが残るぐらいつぶすから「はんごろし」というらしい。
 幼い日、お供えのおはぎを食べた記憶がある。つぶあん、きなこ、ごまだれ、くるみだれ、であった。小生のふるさとは、胡桃の産地であるから、くるみだれのおはぎは、ほかではなかなか食べられないだろう。
 お彼岸時の夕食には、なぜか天婦羅が食卓にならんだ。茄子、薩摩芋、南瓜、ししとうがらし、蓮根の、熱々の天婦羅に塩をつけて食べる。薩摩芋の天婦羅は今も好きだ。
 秋分の日は、立春・啓蟄・春分・立夏・夏至などの24節気のひとつであることは誰でも知っていることである。が、秋分の日は23日と思い込んでいる人は少なくないだろう。
 24節気とは何か。
 明治以前日本は、太陰暦を採用していた。太陰暦は月の満ち欠けの約29日を1朔望月(1か月)とし、それが12か月で1年と定めた。言わずもがな、太陽暦と比べ11日短くなってしまう。それを是正する術として5年に2回、19年に7回閏月を設けた。年により実際の月と季節とがずれが生じていた。そこで、太陰暦に太陽暦を重ねたのが24節気である。太陽暦は地球が太陽のまわりを一回転する期間を一年とし、365日を一年としたのである。24節気は、太陰暦に一太陽年を刻み、24等分にしたのである。地球から見た天球上の太陽が描く年間の運動の円を360度に刻み、15度ごとに1気としたのである。これが旧暦と言われるものであり、つまり太陰太陽暦の事である。
「暑さ寒さも彼岸まで」というが、今日も蒸し暑い。春の彼岸までこの暑さが残るのであろうか。曼珠沙華は、彼岸のころ咲くから「彼岸花」とも言われている。世間では彼岸花と言った方がよろしいかも。いつともなくにょろにょろと茎が伸びて、毒々しい赤い花が咲く。毎年、小生の庭には、彼岸花が咲くがことしはまだ見ていない。小生の庭に咲く彼岸花は赤でなく、白である(別に自慢しているわけではないが)。ただ偏屈だけのこと。
  弁柄の毒々しさよ曼珠沙華  許六
 夏の間は焼酎のオンザロックであったが、重陽の節句を境に、日本酒に替えるのが、小生流の衣替え。9月は常温で、11月はぬる燗、12月からは熱燗。秋の夜長、本を読みながら酒を呑む。これ小生のささやかな愉しみ。
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  キーン先生 日本人の半生 いかがですか

と題して、ドナルド・キーンさんの近況が「東京新聞」朝刊の一面に載っている。
 3月に日本国籍を取得した、ドナルド・キーンさん。キーンさん(ちっと馴れ馴れしいかな)は昨年、東日本大震災を機に日本人になりたいと決意して、国籍を取得したのだ。日本名は「鬼怒鳴門」つまり鬼怒川と鳴門海峡を組み合わせて、「キーン・ドナルド」。
 キーンさんは、今年卒寿を迎えたが、研究活動は頗る旺盛である。
 八月には『正岡子規』(新潮社)と全十五巻の著作集第五巻が相次いで刊行された。小生はキーンさんの『日本文学の歴史』を座右において、愛読している。少し前に文庫本にもなっているが、前者は数多の図版が載せられているので、こちらを利用している。暇みては拾い読みしている。とりわけ近世篇では、俳諧史を手際よくまとめられておられ、概観するのに役立つ。また俳諧の発句を英訳しているのが、面白い。
 最近は古典文学を読む学生が少ない。否、学生に限らず日本人が古典文学離れしている。
 キーンさんも曰く「源氏物語の英訳本は三種類あって、よく売れている。外国で読まれているのに、なぜ日本では読まれないのか…。近松も井原西鶴も。教育がおかしい。外国で認められる日本文学が日本で認められるように、もっともっと言いたいです。」と。 まったく同感である。最近の教育現場では、理数離れを阻止しようと、盛んにそちらに力を入れている。しかし、数学に大切なのは計算能力だけでなく、情緒や想像力が大切なのだ。俳句で5・7・5であれほど多くの事を表現出来るのは、日本だけであろう。文科省はゆとり教育の失敗を、今度は理数離れに力点を置いた方針になり、国語教育が疎かにしている。いずれまた失敗に気づくのも、時間の問題である。
 昨年から今年にかけて、井原西鶴に関する本が、中島隆氏、田中優子氏から相次いで刊行された。西鶴の経済小説から学ぶところは、多いだろう。ビジネスマン必携の書である。
 文科省は古典文学離れに力を入れるべきである。
 今日、9月9日は重陽の節句である。菊の花を愛でて(咲いていないが)、盃に月を浮かべて、酒を呑もう。「菊花の契り」を読みながら。

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