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 今日は十三夜である。風呂からあがって、外に出ると空は雲に覆われている。
 このあいだ書いたブログは、中秋の名月のこと。随分久しぶりのような気がする。だいぶ、だらけた生活をしていると思われても仕方あるまい。
 ところで、十五夜は旧暦でいえば、誰でも知っているように、8月15日である。では、十三夜は旧暦9月13日であることは十五夜より知られていないのでは。否、十三夜の知名度が低いかもしれぬ。否、もしかしたら、十三夜の存在すらしらぬのでは…。
 とまれ十五夜では、芋をお供えをするから芋名月とも呼ぶ。
 一方、十三夜には豆や栗をお供えすることから豆名月、栗名月とも呼ぶが、其外の名称では名残の月と言う。何と風流な呼び名なのか。このブログの読書子も小生と同じであろう、みな風流人ばかりなのだ。なかには風狂人もおられる。
 十三夜にふさわしい本をと思い、書斎を渉猟していたら、付箋がやたら貼られた井本農一著『芭蕉入門』(講談社学術文庫)が目に入った。奥付を見ると1993年22刷とある。久しぶりに改めて読み返すと、これが面白い。網羅主義でなく、芭蕉の人生と芸術観の変遷を解りやすく書かれている。小生は読む本がなくなると、入門書を読む。入門書はいつ読んでも新たな発見があっていい。3文小説よりずっと面白い。
 今宵は、名残の月が見れないので、『芭蕉入門』を読了した。今は月見酒を呑みながら、このブログを書いている。この『芭蕉入門』のような西鶴の入門書を作ってみたい、と思っている。江戸期での西鶴人気に比べると、現代はさほど読まれていないのでは、と思ってしまう。当世学生よ。スマホを捨てゝ、西鶴を読もう。
 浅沼さん、『西鶴という鬼才』に次ぐ、西鶴本を是非とも。期待してやまない。
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  浮世の月見過しにけり末二年 西鶴

 今年の中秋の名月は9月30日であった。中秋の名月の夜に、関東地方は台風上陸という、この上ない組み合わせで、十五夜お月さんを見ることはできなかった。
 ところで、俳句では「月」は秋の季語。和歌で月を詠んだ歌は多い。四季折々の月を詠んだ。月を秋の風物としたのは『金葉集』あたりのような記憶をしている。十五夜の月は、和漢共有とは言わないまでも、ある種の美意識を持っていたのだろう。白居易の詩句で「三五夜中新月の色 二千里外 故人の心」と詠み、須磨に引き籠った光源氏はその句を口ずさんだ。
 十五夜が過ぎると、月の出が遅くなり、翌日は十六夜(いざよい)で月の出るのが躊躇っているのでその名がついた。十七夜は立って待っている間に月が昇るので「立待月」という。十八夜の月は座って待つ「居待月」と。十九日は居ても立っても居られず、「寝待月」とまたは「臥待月」とも。
呑兵衛にとって、月が見えようが、見えまいが関係なく、盃を重ねるのが常である。月に倣って、立ち呑、寝酒何でもござれ。
  浮世の月見過しにけり末二年 西鶴

 小生は、西鶴の辞世句が頗る好きだ。
 西鶴が生きた頃、人生50年という時代で、この句の前書に「人間五十年の究りそれさへ我にはあまりたるにましてや」とある。西鶴は元禄六年五十二歳、大坂で亡くなっている。
 小生も西鶴と同じ年になり、終焉をどう迎えようかと自問自答の日々である。西鶴の句が身にしみる。すき腹に、嗚呼、冷酒がしみる。
秋の夜長。隣は何をする人ぞ。


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