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 小学校6年の国語の教科書(愚息の)に重松清著『カレーライス』が掲載されていたので、ちっとばかり読んでみた。ほろ酔いに任せて拙い文章を書いてみよう。おそらく6年生の生徒から「ちっと違うよ」と投書があるかもしれないが。まぁ、そこは酔っ払いの独り言と思ってご海容願いたい。
 主人公、小学6年の「ひろし」が制限時間(家庭内のルール)を超えて、ゲームに夢中になっていた。それを見たお父さんがいきなりコードを抜いたことから話が始まる。
 小学6年生といえば、思春期にあたり、子供と大人の二面性をあわせもっている年頃でもある。お父さんもお母さんもひろしに対して、子ども扱いをする。それがひろしにとって嫌だった。とりわけお父さんは。ひろしは自分が約束を破ぶり、悪いことをしたと認めつつ、素直に謝ることができなかった。言葉に表すことができない悶々としたものが心中にあった。
 お母さんは、仕事の関係で仕事で帰宅するのが遅い週があり、その週はお父さんが仕事から早く戻ってくる。「お父さんウイーク」と言うらしい。一日目の夕食はカレーライス。それも甘口カレー。ひろしは低学年のころまでは甘口のカレーをおいしく感じていたが、6年生になるとおいしく感じなくなっていた。
 翌朝、お父さんはひろしのために朝食を作る。それも崩れかけた玉子焼き。ひろしには火を使わせないために、忙しいなか朝食を作る。夕方お父さんは風邪を引いてしまい、今晩の夕食は「弁当」だと決めつけてしまう。ひろしは自分で夕食を作ると言い出す。
 お父さんとひろしは二人でカレーライスを作る。ひろし秘蔵の中辛のカレーだ。二人は一緒に作り、食べる。お父さんはこの時、初めてひろしが「中辛のカレー」を食べられるようになった年齢を改め知る。それによって、我が子の成長に気づく。そうだ「来年は中学生」と。そして二人は今度は別の料理を作る約束をする。
 『カレーライス』は、思春期の少年の心の葛藤がよく描かれている。 
 お父さんは、ひろしが甘口カレーしか食べられないと思っていたいが、じつは中辛カレーを好んでいることによって、我が子の成長を認める。また、ひろしに火を使わせることは危険と思いこんでいたが、今度は別の料理を作ろう、と約束する場面によって、すでに子どもとしてでなく、大人に差し掛かった、我が子との大人との約束が交わされる。
 ひろしは、なによりもお父さんが自分の成長に気づいてくれたことが、うれしかっただろう。結果的みれば、大人同士の約束できたことが、和解することになった(ひろしが謝らなくとも)が、蛇足だがお父さんにとって我が子の成長は嬉しいと同時に、一抹の寂しさもあろうね。父親が我が子が親離れできないと思っていただろう。それがいつしか、我が子が自立しようとする揺籃期に差し掛かっていたことへの嬉しさとが、父親の胸中に複雑に絡み合っていることに、ひろしを通して照射さている、という見方も可能であろう。
 ラストシーンで、ひろしは二人で作ったカレーライスがちょっぴり辛くて甘くてと感じる。教科書には「辛口」と「甘口」は何を表しているのか、といった設問がある。作者にとってさほど意味深く考えていなかっただろう。編集者の勝手な思い込みがあるように思える。国語の面白さをこの設問によって切り崩してしまったような気がしてならぬ。愚生には、もっとこの話には(もしかしたら作者すら気づかぬ)、思春期における深いものが描かれているように思える。学校の授業ではこの作品について感想文を書かされている。愚生が小学校の頃はかなりひねくれていたので、「毎日カレーは飽きる」とか「カレーライスよりハヤシライスのほうがいい」と書いたかも。それはともかく、子供の素直な心でこの作品を読んだ時の感想をぜひとも知りたいものだ。
 思春期はだれでも訪れる。ひろしがあと数年すれば「理由なき反抗」のジェームスディーンのように、父親との葛藤があるだろう。
 小学校6年生を教える先生は、このはなしをどう児童につたえるのかなぁ。文学の多様性の面白さを伝えるのは、小学校の先生の力量にかかっているだろう、その授業を受けた児童が文学好きになるか否かにかかっている。先生の責任は重い。
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古典講読「芭蕉の紀行文をよむ
講師 佐藤勝明氏  NHKラジオ第二放送

 4月4日から佐藤勝明氏による古典講読講座が始まった。
 愚生は翌朝6時からの再放送を拝聴した。とても興味深いテーマで、うんうん、と頷きながら聴いていた。
 テーマは「どのようにして芭蕉が『おくのほそ道』の執筆に至ったか芭蕉初期の作品から追究するもの。
 芭蕉以前の俳諧師も俳諧だけでなく、たとえば山岡元隣『宝蔵』や北村季吟『山之井』などの俳文を残している。ここでいう「俳文」とはなにか。定義は定かではなかろう。
 芭蕉の去来宛の書簡(元禄三年八月中旬ごろ)に「徘文御存知なきと被仰候へ共実文にたかひ候半ハ無念之事ニ候間御むつかしなから御加筆被下候へと御申可被下候」と去来の兄に『幻住庵之記』を添削を依頼する文面が書かれている。実に興味深い書簡である。ここで言う「実文」とは漢文を指す。芭蕉は、俳諧・俳文VS漢詩・漢文を意識していただろう。俳文を漢文とおなじ高さまで引き上げようとしたのか。
 では『おくのほそ道』は紀行文か俳文か、となるが。『おくのほそ道』が執筆されるまでの過程において、芭蕉は紆余曲折しながら文章を磨いていったことだろう。氏は『おくのほそ道』の終盤が俳句で淡々と書き進められているのは、能楽の序破急のリズムに倣って、そこは「」に当たる場面としておられる。愚生が昔むかし『おくのほそ道』を習ったときもそのように教えを受けた。芭蕉の俳文を俯瞰して、新たな発見を期待したい。
 また、芭蕉の処女作というべき句合『貝おほひ』の評釈文は、頗るユーモアにあふれ、これこそ「俳文」に相応しい文体で書かれている。晩年に書かれた『幻住庵記』になると、それとは明らかに異なる。芭蕉の文学センスの懐の広さと深さを再認識しないではいられない。
 一方、紀行文をみれば『野ざらし紀行』の文章と『おくのほそ道』のそれとでは、句と文章との関係が全く異なる。前者の文章は句に対する前書的な役割を果たしているからだ。
 『おくのほそ道』に行きつくまでに、芭蕉は数多の俳文を書き残している。この講座のテーマはじつに大局的な視座に立って捉えようとする、意欲的な内容に間違いなかろう。
 ともあれ、これから一年間、佐藤氏の講座を楽しみにしている。これで退屈な人生に、楽しみと白髪が増えた。まぁ、人生長生きしてみるものだ。
 



 放送日再放送日内容
第1回4/44/5はじめに~芭蕉の旅と文章について
第2回4/114/12天和期の作品「笠やどり」等
第3回4/184/19『野ざらし紀行』(1)
旅の概略 諸本 出立の場面
第4回4/254/26『野ざらし紀行』(2)
富士川の捨子-天命の自覚 画期的な馬上吟
第5回5/25/3『野ざらし紀行』(3)
伊勢での感銘 西行への挑戦
第6回5/95/10『野ざらし紀行』(4)
故郷での落涙とその前後
第7回5/165/17『野ざらし紀行』(5)
吉野と後醍醐廟・常盤塚・不破
第8回5/235/24『野ざらし紀行』(6)
大垣・桑名・熱田
第9回5/305/31『野ざらし紀行』(7)
名古屋等での発句 『冬の日』の紹介
第10回6/66/7『野ざらし紀行』(8)
再帰郷と奈良・京・近江
第11回6/136/14『野ざらし紀行』(9)
出会いと別れと帰路
第12回6/206/21『野ざらし紀行』(10)
旅の意義 紀行の構成 発句の傾向
第13回6/276/28『野ざらし紀行』(11)
京と近江-これらの土地と芭蕉の関係

出演者プロフィール

講師:佐藤 勝明(さとう・かつあき)
1958年生まれ。早稲田大学大学院文学研究科博士後期課程単位取得満期退学。博士(文学)。大学生の頃から芭蕉に関心を持ち、近世俳句の研究を志す。

<著書>
「芭蕉と京都俳壇-芭蕉胎動の延宝・天和期を考える-」「芭蕉全句集」「松尾芭蕉 21世紀日本文学ガイドブック5」「松尾芭蕉と奥の細道」他、芭蕉に関する著書多数。

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