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深沢眞二著『旅する俳諧師 芭蕉叢考二』
      紹介と読後感



目次
おもへばさびし秋の暮―序にかえて―
発句篇
枯野の夢夏艸の夢
「数ならぬ身」の思い―理兵衛と寿貞―
獺の祭見て来よ―七十二候と俳諧―
萩の旅路
「菊の香」幻想
芭蕉発句叢考
 其の一 小倉ノ山院にて
 其の二 大井川を詠む
 其の三 須磨の風
 其の四 明石の月
 其の五 秋ちかき心のより
 其の六 ひやひやと
 其の七 四門四宗
 其の八 深川の眠れぬカモメ
連句篇
 俳諧式目表
 先行注釈一覧
 「すゞしさを」歌仙注釈
 「おきふしの」歌仙注釈
 「さみだれを」歌仙注釈
 「御尋に」歌仙注釈
「有難や」歌仙注釈
旅する俳諧師―出羽七歌仙から見えること―
 発句および連句索引
 あとがき(初出一覧)

清文堂出版
本体価格8500円+税

 本書は芭蕉の発句と連句解釈について書かれた論考を収めた。深沢さんの芭蕉における研究スタイルは、あとがきにも書かれているので、引用しよう。

感覚的な把握がこの短詩形文学の理解に重要だということは私も承知している。俳句実作者ならではの発想が語られる時、そこから学ぶことは多い。しかし私は同時に、芭蕉にしても知的な言語操作によって人を笑わせることが俳諧というジャンルの根幹であると認識していたことは確かなのだから、晩年の作を含めた芭蕉の句々の中にそのような「笑い」の在りかたを捜し求めることは、芭蕉研究にとって不可欠の要件だと思っている。さらに言えば、そのようにしてたどり着く解釈の方が内容が濃くて面白いと思っている。

 いっけん難解なように思えるが、じつは俳諧という文芸を鑑みれば当然ともいえるだろう。笑いは俳諧の生命線でもあるのだ。それを排除して考えることは、むしろ芭蕉から遠ざかることに繋がるし、和歌・連歌との差異が曖昧になってしまうことだろう。
 よって、深沢さんは膨大な資料を渉猟し、時には現代では知られていない文献まで惜しみなく提示し、資料もってそれを語らせる。まさに微に入り細に入ることから始め、直観力によって展開させる論述は鮮やかある。直観力のない論考はそれに値しない。
 本書の広告用パンフレットには、鈴木健一氏も書かれているとおり、深沢さんの研究の特徴は、豊かな学識と詩人としての感性を、同時に持ち合わせているところにある。正鵠を射ているとえよう。
 深沢さんが芭蕉を論じると難しい、と思われるが、難しいことを詰将棋のごとく論ずるのではなく、やさしく分かりやすく語られている。

 本書の内容から一・二点紹介しよう。
 巻頭の「枯野の夢夏艸の夢」は「soul-animal」の発想から芭蕉の句を理解しようとする試みは、ユニークである。目に見えない「霊」や「夢」などが詠み込まれている芭蕉句を、そのような発想から捉えると腑に落ちるし、新たな読みが可能となった。是是非とも、深化させて欲しい。
 「「数ならぬ身」の思い―理兵衛と寿貞―」は、10年ぐらいまえになるだろうか、筑波大学で行われた俳文学会で発表されたものを、活字化したものである(初出は『文学』第11巻第6号)。その研究発表を愚生も拝聴したが、「数ならぬ身とな思いそ玉祭り」の芭蕉句を見事に読み解いた。
 寿貞は芭蕉の妾と言われている。この句は、若くして死んだ、寿貞に捧げられたものとされているが、季語の「玉祭り」詠まれ方を微細に考証し、「数ならぬ」という表現を古歌から辿り、そこから寿貞について、するどく切りこんで、定説を覆す。そして、この句は寿貞の父理兵衛にむけて詠まれたと結論づける。
 
 芭蕉発句叢考はクラッシック音楽に例えるならば、ピアノの小品曲集というべきか。これらはやがて発展し、オーケストレーションされれば、シンフォニーやコンチェルトになりうる可能性を秘めた論考である。本書のために書き下ろした「深川の眠れぬカモメ」は掌篇であるが、面白い。

 他にも紹介したいことが多々あるが、このあたりでペンを置く。
 
 本書は470ページに及ぶ大著である。研究者はもとより、俳句愛好者にも読んでいただきたい本である。
 優れた古典文学は時代時代ごとに読み替えられてきた。いま、芭蕉の作品をもう一度問い直す時がきた。日本の古典文学は日本が世界に誇れる文化遺産でもある。芭蕉の句をとくに連句をじっくり鑑賞してほしい。


蛇足
深沢さんと愚生は同じ年齢であるが、思考回路がこれほどまで違うとは。あの猫は100万回生きたが、愚生も100万回生きても、深沢さんには追いつきそうもない。まぁ、先天的なことだから諦めるしかないなぁ~。
深沢さんは研究者という顔の他に、心豊かな別の顔がある。それらが感性となっているのだろう。


深沢さんを「笑点」風に語れば。大喜利で!!

深沢さんのもう一つの顔と掛けて、アルプスの少女と解く。
そのこころは「どちらもハイジーん」

声楽家の深沢さんと掛けて芭蕉の句と解く。
そのこころは「さびが決め手で~す」

嗚呼、くだらない。愚生の人間性が疑われる。お詫びとして一曲。「♬ わさび馬鹿よね~ ♫
今宵は獺祭を呑みながら、『旅する俳諧師』を読もうと思ふ。

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