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 8月27日付『東京新聞』夕刊で、「つらい子は図書館へおいで」の見出しがあり、気になり読んでみた。
 それによると、多くの学校が2学期が始まる26日午前中に、鎌倉市立図書館の公式ツイッターで「学校が始まるのが死ぬほどつらい子は、学校を休んで図書館へいらっしゃい」とつぶやいた。すると、翌朝には「ありがとう」というリツイートが6万回を超えたそうだ。
 この記事を愚生が拝読し、まず感じたことは、いじめなどで学校に行きたくない児童・生徒がこれほどいるのか、と驚いたことだ。驚いたのは愚生だけではなかろう。
 少し前になるが、文科省がいじめ調査をしたところ、報告された数値から、都道府県や学校によって、いじめに対する認識がかなり異なるそうだ。そこで文科省は、いじめに対する認識の甘い都道府県に対し、再調査を求めたそうだ。
 しかし、調査をする側の教員に問題があるように思える。児童・生徒が自殺するたびに学校側のいじめに対する認識の甘さがクローズアップされる。いじめと知りつつも、知らぬ存ぜぬ、の対応を平気でしているのだ。
 上記の「つらい子は図書館へおいで」のつぶやきに対しての反響の多さを、文科省やいじめに対して無関心の教員らは何を思うのか。愚生の若い時、教員は「聖職」と読んでいたが、今はどうなのか解らぬ。ともあれ、教員の資質にもよることだが、生活指導できる教員はどのくらいいるのか、大いに疑問である。
 したがって、いじめを受けてる児童・生徒は、担任の先生に期待することもないだろう。図書館が回避の場なるのは仕方あるまい。確かに根本的な問題解決にならないことも事実だ。だが、教員におけるいじめの認識の無さが、一日で6万回のリツイートに反映されているのも事実だ。
 それほど学校はいじめを放置された場であることを再認識しなければならないだろう。
 かつて、愚生にとって図書館は隠れ家的な空間であった。若い時、よく図書館で一日過ごすことが多かった。いな、好きだった。本を読むだけでなく、自分を見つめる場でもあった。義務教育する勉強は独学でも十分可能だ。学校に行かなくとも、勉強はできる。人生は辛いことだけではないし、楽しいことも多い。静かな図書館で漫画やライトノベルを読むのもいいだろう。それができるのは生きているからだということを知ってほしいなぁ。あるいは、生きていることは楽しいと思えることを。老いぼれ愚生のつぶやきでした。
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