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 余生をどう生きようか。愚生は考えた。
 今更のことだが、愚かなことに、愚生は今日は明日があるという前提で生きていた。面倒なことは明日に回そう、と言ったように。
 しかし、先日親しくしていた人が亡くなり、生き方を変えねばと思った、その時に細川護熙氏の『跡無き工夫』を読む機会を得た。本書は湯河原で蟄居している、元総理の細川氏の余生の生き方を綴ったものである。氏は永青文庫の理事長・陶芸家という顔をもつ。
 古典文学から感化され、吉田兼好・本阿弥光悦などの古人の生き方に、氏の独自の生き方を重ねている。
明日は御座なく候
一日生涯
 これらの言葉には、明日は無い。今日がすべて。今をどう生きるか。一日一日を精いっぱい生きること。

 愚生はこれと言って、秀でたものは無い。もちろんお金も。かと言って平凡な人生を送ってきたのではない。今まで生きてこれたことに感謝し、なにか世のために役立つことをしようと思う。安倍政権によって、国立大学は人文学を切り捨てにかかっている。大学では文学部や日本文学科と言った名称が消えつつある。将来、日本はどうなってしまうのか。古典文学離れが進んでいる昨今、やがて日本は世界に誇れるものの一つが失われてしまう。そのために、何かせねばと。
 愚生は『跡無き工夫』を読み、残りの人生は、余計な物は持たない、贅沢はしない、酒は飲むが、シンプルライフで。.

 
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