FC2ブログ

プロフィール

獺祭堂主人

Author:獺祭堂主人
相模之國柿生隠棲
主夫兼編集者
アルコール常用者

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

カテゴリ

お知らせ

①粋曜喫茶室編集『江戸文化カフェ』発行

リンク

獺祭堂のお客様

検索フォーム

RSSリンクの表示

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

ブロとも申請フォーム

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
 小春日和の昼下がり『雅俗』復刊の朗報が入って来た。
 貴誌は平成15年に十号をもって休刊となっていたが、光陰矢のごとく、早いもので8年の歳月が過ぎたことになる。その間に日本の文化は大きく変貌を遂げた。決して悪いことではないが、いくつかの大学では「文学部」や「日本文学科」等の名称が消えた。昔ながらの「哲学」や「文学」や「経済」といった領域から、より多様化した学問へと導いていった。電子書籍の台頭。リーマン・ショックや先頃の東日本大震災があり、良心的な書肆や古書店が廃業した。街を彷徨すれば、古書店の早稲田通りは、その姿はめっきり減った代わりに、ラーメン屋の街へと。悲観的なことだけではない。老舗の古書店がいまだ健在であることは、救われる思いである。このような状況のなかで、『雅俗』の復刊の朗報は『近世文学研究』を編集をする、小生にとっても喜ばしいことである。今年酒の季節と相俟ってお酒がすすむ。『雅俗』の復刊の趣旨は以下のとおりである。

いま私たちを取り巻く状況を見渡してみれば、『国文学』や『解釈と鑑賞』、そして『江戸文学』の廃刊が相次ぎ、文学研究そのものが元気がなくなっているように見えます。(中略)学界を下支えする専門誌の存在は、私たちの研究発展のためには、やはり必要だと考えます。(中略)新しい『雅俗』では、以下のような新機軸をく展開し、学会をリードしていくような雑誌にしていきたいと考えています。
 ・同人以外の会員も投稿権を有する、開かれてた雑誌
 ・歴史・思想・美術史など、隣接領域も積極的に取り込む。
 ・学術エッセイ、座談会録など、同人誌にしかできないコンテンツを充実する。

 数年前に学会の二次会で、軍記物語を専門にするKさんと相席になり、何らかの話から、なぜ「岩田書院」が元気なのかという話題になった。Kさんによると「岩田書院は歴史や民俗学を専門にしている」からだと切り出した。「ぎっく!」酔いがいっぺんに醒めた。つまり歴史や民俗学は、アマチュアの方が多いので、研究誌が売れるのではなかろうか、と言うのである。目から鱗とはこのことを言うのか。酔いに任せて千鳥足で想像力を働かせれば、それらの学問には、そのような広い裾野をもち、その方が研究誌の定期購読者となり、研究書籍の読者になっているのだろう。だから研究も盛んなのであろう。翻ってみれば、文学では、とりわけ古典文学になると、ごく限られた研究者のみという状況かもしれない。
 小生の拙い考えでは、古典文学は文化遺産であり、それゆえに(お叱りのメールがくるかも知れないが、そこはおおらかに)、ある意味では文学研究にも大衆化が必要なのではなかろうか。アマチュア研究者と言っても侮ることなかれ。たとえば、歴史や民俗学だけでなく、趣味的の領域かもしれなが、天文学ファンや考古学ファン、さらに鉄道ファンなどが大勢いることを忘れてはならないと思う。某大学では、毎年「大人のための古典学」と称して公開講座を開いて、多くの方が受講しているそうである。現役の学生よりも熱心に。文学研究の大衆化と言っても研究の質を落とすことではない。むしろ、裾野を広げることによって、研究者が気が付かなかったことが、浮き彫りにされることの期待は、小さくないだろう。江戸時代の文学になると民俗学的な要素がかなり含まれるし、京・大坂・江戸といった中心都市と地方都市との異文化の交流が盛んに行われた時代でもあるから。敷居が高い学会や文学研究に風穴を開けみては如何か。開かれた文学研究が求められるゆえんはそこにあると思うのだが。
 「文学研究そのものが元気がなくなっているように見えますというのは実感なのか。井の中の蛙であろう、小生の知る範囲では、むしろそうした状況だからこそ、研究者には強い志が伝わってくる。「就活」で忙しい学生に対して、熱心に丁寧に教鞭を揮っておられる先生方のことを忘れてはならない。事業仕分けで、スーパーコンピュータが俎上にあげられたとき「なぜ世界1位でなければいけないのか。2位でもいいのではないか」といった発言は、記憶に新しい。R研究所への天下りを棚において、言語道断ではなかろうか。貧すれば鈍する。そんな発想ならば日本の文化はどこへ行ってしまうのか(酔いが回ってくると余計語気が荒くなるが)。蓮舫さん、このブログを読んでいたらご一報願いたい。
 それはともかく、古典文学は我々の文化遺産であるという立場から、もっと文学研究が元気になることを願う。研究者はライフワークとして文学研究を行っている。ならば、それを支えることを小生のライフワークとしようと思ったのが、ちょうど平成15年である。奇しくも『雅俗』休刊になった年である。小生は文学研究者のために独活の大木にすぎないが、少しでも役になればと思い『近世文学研究』の編集を無償で行っている。お金では得られない喜びを感じている、と鬼籍にはいるときに思えればそれでいい。『雅俗』の復刊は同業者?にとって、とてもうれしくもあり、雅俗の会の勇気ある決断である。今日は秘蔵(もちろん「獺祭」で)の今年酒で乾杯!!
 

 
スポンサーサイト

<< 握り鮨 | ホーム | 柹くへば  和田克司先生からのメール >>

コメント

コメントの投稿

URL:
本文:
パスワード:
非公開コメント: 管理者にだけ表示を許可する
 

トラックバック


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)


 ホーム 


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。