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 ここだけの話だが、小生は、年賀状を三が日に書くことにしている。数十年来の習慣である。小生は根っから無精者であることには、相違ない。が、言い訳をすれば、年末の慌ただしい時に年賀状を書く気になれないのが、最大の理由である。
 元旦に届いた人から、返事を兼ねて、年賀状を書いていくのである。つまり来ない人には書かないことになってしまう。松飾りがとれた頃にそれらをみて、旧友の誰それから届いていないと、あぁ、あいつも、ついに鬼籍に入られたか、惜しいことをした、と勝手に決め付けてしまうのである(このブログを読んで「勝手に殺さないでくれ!」という抗議のメールが届きそうである。この場を借りてお詫びします)。したがって、その当人には年賀状を書かないことになる。とすると、おそらく彼も小生が鬼籍に入ってしまった、と思っているに違いないだろう。 ある日、街中で偶然に出会うと「何だ。まだ生きていたのか」とお互い言い合う。そして長寿を祝して、酒を酌み交わすのである。
 獺祭堂には、今年も多くの年賀状が届き嬉しい限りである。
 若い頃は、年賀状をもらってもさほど嬉しいとは感じなかった。だが、人生の第4コーナーに差し掛かると、交際範囲が多岐にわたり、多くの方から戴く。年年歳歳その数は増えていく。そのなかには、大成して研究者として、或いは会社の重役として、或いは文筆家として、それぞれの方面で活躍されておられ、賀状をもらうと、なぜか心が躍る。いくつか紹介しよう。
 元法政大学教授の日暮聖さんの年賀状には、中央に写真があり、それをよく見ると「原発反対」の幟が掲げられている。原発反対の集会の光景だろうか。その左端にオレンジの幟があり、コメントに「オレンジの旗は法政です」と書かれている。思わずにやりとしてしまう。
 小生が編集をしている『近世文学研究』第2・3号に、宗因独吟の注釈を書かれた深沢眞二さん、了子さんの年賀状には「宗因千句、全注釈の成るまで、掲載させて下さい」とあり、思わず背筋を伸ばしてしまった(昼間から酒を呑んでいる場合ではないぞ)。そのコメントに励まされる。嬉しい限り。
 また、小生の交際をしている方のなかには、俳人が多くおられ、歳旦吟を載せてある年賀状がいく葉かあるので、その代表として、浅沼さんのものを(無断ですみません)紹介しよう。

    歳旦三つ物       曳尾庵 璞
龍の息のびあがりたる初霞
 左隻の虎は吼ゆる年酒
人々が集へば花も月も咲き

 歳旦吟という性格から大らかで宜しく、しかもほろ酔い気分に心地よい。浅沼璞さんの発句は、スケールが大きく、淑気満つる初春の空に、霞むそれを「龍の息」と見立てたのであろう。そして「霞」から脇の「年酒」が引き出されている。きっと小生と同じく、その息には、お屠蘇の匂いがするのかしら。元旦ならではの穏やかさが伝わってくる。第三は連衆が一堂に会すと、まさしく連句談義に花が咲き(花見や月見をしながら)酌み交わしている光景であろうか。小生が鑑賞するといつも酒臭くなるが。まぁ、ここはお許しを。
 小生は、若い時に少しばかり俳句らしきものを作ったが、ここ数十年は遠ざかって、読み手に回ってお茶を濁している。それでも正月ぐらいは五・七・五に戯れて、年賀状に廃句を書く。ことし年賀状には、
ありたつたスカイツリーやミよの春
の句を。自慢ではないが、自他共に認めるつまらぬ句である。
 昨年は3月の東日本大震災をはじめ多くの天災が、国内・国外で起こった。今年は復興の年になることは間違いない。が、それらの経験から価値観・人生観について考え直す年にすべきではなかろうか。小生も人生の第4コーナーに差し掛かり、少しばかり立ち止まって、残されたこれからの人生を見つめてみたいと思う。多様な生き方もいい。今年から小生の職業欄に「主夫見習」と書くのも悪くない。
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