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       『西鶴という鬼才』電子化によせて

 
春まだ浅いとある日に、浅沼璞さんにメールをしたときの返信に『西鶴という鬼才』が電子化されると書かれてあった。しばらくその事を(暇がありすぎて)すっかり忘れていて、本日、浅沼さんのブログ「連句パワー」を開くと「好評をハクした『西鶴という鬼才』、このたび電子書籍として配信されました」とあった。詳細はここから
 本書は2008年2月に新潮新書で「新書で入門」のシリーズの1冊として刊行されたものである。最近増えている「いきなり文庫」の新書版、つまり書き下ろしの新書である。
 本書の書評を島本昌一先生が書かれているので、その一節を紹介しよう。

 著者は独特な術後を使って連句の可能性を追求し、既に実作・研究両面での令名を持っており、本校以外にも幾つかの大学で教えておられる。
 今「独特な術後」と言ったが、それは著者の長い西鶴連句研鑽と共に、その連句の世界に共通する現在若者の言語・文化感覚の洞察に由来する術後を指している。
 本書はその成果をもって、難解かつ多作をもって聞える西鶴の作品世界に読者を導こうとする入門書である。西鶴の発句・連句を導きの糸とした叙述は大変ユニークであると言えよう。
 
 『日本文學誌要』第79号(法政大学国文学会発行)より一部抜粋

 新書版の採算ラインは初版でおよそ4千部ぐらいであろうか。本書はすでに新刊書店では手に入らない。完売してしまったからである。そうなると版元は重版をするか迷うところだが、電子書籍の普及により、重版というリスクはとらない。とっても売り切れ御免はしない。その代わりに、電子化で対応しているようにみえる。つまるところ読みたい読者は電子端末で読め!! ということである。がんらいアナログ派の小生に限らす、他の読書子にとって、大変な迷惑である。紙媒体であると、そこに手軽に書き込み(アンダーライン・メモ書き)や付箋を貼る事が容易にでき(一部の受信端末では可能らしいが、落書きや絵も自由にできる)、あとで調べものをするに、それが大変重宝するからである、それだけではない。小生の極秘の活用方法があるのだ。それは内緒。
 出版社は、営利団体だからとうぜん利益を追求せねばならないことは、仔猫でも獺でもわかる。天下の新潮社がたかが4000部ぐらいの在庫を抱えるのは、大した事ではなかろうが。2年ぐらいの時間をかければ、在庫は無くなる筈。
 ただ読書子のひとりから言わせて戴くと、なんでも電子書籍にすればそれで済む、という画一的な考えは、如何なものか(小生は本気で怒っている)。電子書籍にする本、重版をする本の切り分けがあってもよかろう。その見極めこそが編集者のセンスと言えまいか。
 浅沼さんは都内の大学(法政・武蔵野・日大)で教鞭を執っておられる。学生は紙媒体のそれを欲しているに違いない。もし小生が学生だったら署名をしてもらう、かも。
 つい愚痴になってしまったが(最近独り言が妙に多い)、じつはこの本が電子化されなくて、そのまま絶版になったら、小生が本をつくろうか、と本気で考えたのだが。
 とまれこのブログを読まれた方は是非とも『西鶴という鬼才』を電子書籍で。そして満員電車のなかで「電子書籍でよかった!!」と言わんばかりの、清々しい顔で読んでいただきたい。アナログ派の小生もさっそく購入し、スマホをこちょこちょいじくっている女学校生に、その端末をちらつかせてみようかしら。
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