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   夭折は男の美学夜の蝉  

 
小生は柿生緑地で蟄居している。日中は蝉時雨。夜になっても泣きやまぬ。蝉は成虫になってから、短命であるがゆえに、ひたむきに鳴く姿を想像すると、なにがしらシンパシーを覚えずにはいられない。
 飽きもせずに、蝉の鳴き声を聞いてると、季節の移ろいを感じる。みんみん蝉に交じって、最近はつくつく法師や蜩の声が聞こえるようになった。
 18日から21日まで恒例の白馬で過ごしてきた。麓ではコスモスが咲き、八方尾根では高山植物が咲き乱れていた。ミヤマタンポポ、ハッポウワレモウ、ハッポウウスユキソウなどなど登山道の脇に咲いていた。白馬は一足さきに秋の景色であった。
 柿生に戻ってくると、朝夕はすっかり涼しくなっていた。
  
秋や今朝一足に知るのごえん  松江重頼 
 この句は、拭いたばかりの縁に、一足を踏み出し、昨日までと違いヒヤリとするものを感じた。足裏で、秋の訪れを察知したという句である。かつて藤原敏行は、
  秋来ぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞ驚かれぬる
著名な哥を詠んだ。とうせん「秋の今朝」の句は、この哥のパロディだが、いにしえの歌人は耳で秋を感じたが、足裏で秋を感じたとするところがおもしろい。そればかりでなく、庶民生活のスナップショットがあざやかである。貞門俳諧は掛詞や縁語などを駆使し、あたかもパズルを解くようで、しかも千篇一律と評されるのが常である。しかし、言葉遊びの中に、近世の新しい美が潜んでいる事を見逃してはならぬ。
 最近は癒しを求めて、アロマセラピーやお灸やマッサージが街中で流行っているそうである。鈍った感覚を、ちっと足裏マッサージをしてもらい、秋を感じるとするか。その前にお清めをしてから。


 
 
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